2014/10/25

挽歌集 / 磯崎新


【作品データ】
題名:挽歌集
著者:磯崎新
出版:白水社
分類:美術・芸術・評論
発刊:2014年

なんといっても磯崎新はずば抜けている、と私は思う。巨匠もいいところで、では作品は?というと他の建築家に比べてなかなか思い浮かべられない。磯崎アトリエ出身の坂茂るや青木淳のほうが簡単に列挙できる、それは知識の乏しさによるものもあろうか。しかし作品を引いてみても、なにかぴんとこない。ではなんだというのだ。おそらく、何かに言及している言葉について、スゴいと思ったのだ。それは都市構想や、建築コンペの批評でもない。この「挽歌集」というのは私が建築家というよりも文化人としての磯崎新を垣間みることができ、それはアイロニーやユーモアを携えてくれた。
二川幸夫が2013年に亡くなっていたことを私は「挽歌集」により知った。二川幸夫もまた読みたくなった。
挽歌集: 建築があった時代へ

2014/09/24

リトアニア映画ユリュス・ジスの短編




■MEANWHILE A BUTTERFLY FLIES
(蝶が飛んでいる間に)2002年/52分/フランス

■THE WINDOW
(窓)1989年/18分/グルジア・リトアニア

■AND THE PIG WAS BORN
(そして豚が生まれた)2000年/23分/アメリカ

■THE WOLF
 (狼)2008年/20分/リトアニア


Julius Ziz(ユリュス・ジス) 1970年リトアニア生まれ。かのジョナス・メカスに師事。
未知の監督作品を見るには勇気が必要、なわけだがユリュス・ジスという監督に対してはそのような勇気など必要もなかった。それはまず「ジョナス・メカスに師事」とあったし、それからリトアニアという国のせいもある。リトアニア?場所だってはっきりわからないし、リトアニアってジョナス・メカス以外に映画撮ってる人いたのか。しかし、とても評判がよさそうだし、なんといっても「ジョナス・メカスに師事」だ。やはり作品はよかった。
MEANWHILE A BUTTERFLY FLIESはジョナス・メカスをカメラで追ったドキュメンタリーで、これはよくある映画監督の奇行を捉えたもの。といってもジョナス・メカスはやっぱり面白いし、かっこいいのだ。何がかっこいいかって、ずっと笑っていることだ。
他、短編はどれもストローブ=ユイレくらいによくって素敵なのだが、なかでもTHE WINDOW、これは衝撃である。窓のなかにいる老婆、そこにやってくる子供。また老婆の独りの食事。窓の外の風景と人。これほど単純な要素でストーリーなどない、ただただ映し出すことの素晴らしさが溢れていて感動してしまった。@2014/09/21渋谷アップリンク

※リトアニアのリキュールがサービスで飲めた。ソーダ割にしたら薄かったので、もう一杯飲みたかったけど、恥ずかしくて言えなかった。残念。

リアリティのダンス / アレハンドロ・ホドロフスキー



【作品データ】
題名:リアリティのダンス
原題:La danza de la realidad
公開:2013年チリ、フランス
監督:アレハンドロ・ホドロフスキー
脚本:アレハンドロ・ホドロフスキー
制作:モイゼス・コシオ/ミシェル・セドゥー/アレハンドロ・ホドロフスキー
出演:ブロンティス・ホドロフスキー/パメラ・フローレス/イェレミアス・ハースコビッツ/アレハンドロ・ホドロフスキー

久々に新しい映画を見てしまった。見てしまった、というからには何か曰くが連想されるだろう。90年代以降の映画を殆どといっていいほど見なくなった事実を、ここで目の当たりにしたようだ。アレハンドロ・ホドロフスキーといえば、ポップカルチャー的ヴィヴィットな色彩がいかにも南米を思い起こさせ、それに魅惑された人々が多く、それもいまも尚ひっそりと受け継がれている(と、思う)。そういった意味で映画を見ることも、もちろんおおいにある(ジャン・ルノワールやゴダールの色彩!)。南米ではないが、ペドロ・アルモドバルの初期作品なんかもスペインらしい赤際立つ色彩であることも事実。
「リアリティのダンス」は色彩だけの魅力ではなく、85歳のホドロフスキー監督がそれまでの生き様のなかでの悲愴や不条理などを、それこそ「リアリティ」に描くことにある。負にあたる要素はあくまでもリアルに描きつつ、ダンスと称した幻惑に交差させている、まさにホドロフスキーの映画。だけども。私はそれほど魅了されなかった。リアリティというのは映画的体験非ず、というのが率直な感想。@2014/09/21アップリンク
リアリティのダンス

2014/09/17

ベルイマンを読む 人間の精神の冬を視つめる人




【作品データ】
題名:ベルイマンを読む 人間の精神の冬を視つめる人
文献: フィルムアート社
作者:三木宮彦
分類:映画関連本
発刊:1986年

スウェーデン映画がいかなる歴史を辿りつつあったのか、という事実は、今から知ろうとしても無理がある。ウプサラというストックホルムの北に位置する都市の首都との関係や風習は一般的な知識といってもほとんど何も知らないにひとしい。ことさら、ベルイマンの家系がプロテスタントで、父親は僧職を奉じていたいた過去も皆無だ。ベルイマン自身の幼少時代、青少年交流計画でドイツに短期滞在し、大音量でワーグナーを聞いてナチかぶれた事実は当時スウェーデンの不満でシニカルな青年にとってはむしろ自然な成り行きであったこともスウェーデンの国内状況を知らないからピンとこないのだ。そういうなかでベルイマンの映画制作状況と実生活の環境をパズルのように照らし合わせていく。
「第七の封印」の自己顕示欲はいったいどこから生まれついたのか。以前のみずみずしさは、制作会社の意向に沿った作品でしかないのか。それならば、なぜ「第七の封印」以前の作品はこんなにも映画的なんだろうか!ひとりの監督の解説本として、たいへん完成された一冊。

 ベルイマンを読む―人間の精神の冬を視つめる人 (ブック・シネマテーク 8)

2014/09/06

夏の遊び / イングマール・ベルイマン



【作品データ】
題名:夏の遊び
原題:SOMMARLEK
公開:1951年スウェーデン
監督:イングマール・ベルイマン
制作:アラン・エーケルンド
撮影:グンナール・フィッシェル
音楽:エリック・ノードグレーン
出演:マイ・ブリット・ニルソン/ビルイェル・マルムステーン/アリフ・シェリーン

【評】
ベルイマンの作品をすべて見たわけではないが、「夏の遊び」をベルイマンの中でいちばん好きだと公言することは、早まった考えでもなさそう。みずみずしさがスクリーンかたはじけてきそうな、夏の思い出。そこには以降の作品群に見える思想が感じられず、ただ映画というものを撮ったと言わんばかりに思える。とりわけ、デートをすっぽかしてバレエの練習をしている彼女のもとへ、ドアをドンドン叩いて恋人の青年が犬といっしょに入ってくるシーンが素晴らしい。カメラは踊る足元のつま先立ちを手前で捉え、焦点は踊る足の向こう側の青年と犬が座っている。ここだけを何度も何度も繰り返し見たい。飽きるまでみたい。


2014/09/04

夏の夜は三たび微笑む / イングマール・ベルイマン




【作品データ】
題名:夏の夜は三たび微笑む
原題:SOMMARNATTENS LEENDE
公開:1955年スウェーデン
監督:イングマール・ベルイマン
出演:グンナール・ビョルンストランド/ウーラ・ヤコブソン/エヴァ・ダールベック/ヤール・キューレ

【評】
ベルイマンはずっとおかしな感じがしていた。「第七の封印」「処女の泉」は彼の代表作と知られ、途方もない命題にしばし観客として狼狽してしまうほど、その意志が強く惹いている。それらの魅力も確かに存在する事実は抗えないし、引き込まれるということが、なんだか変なものを見ている違和感として、表現にいたす過程も首をふるまい。
ベルイマン唯一の喜劇とされている「夏の夜は三たび微笑む」を見て、私はある確信を得た。この作品、ならびに「夏の遊び」はベルイマン的違和感の魅力を一切与えず、純粋なる映画として存在している、さらに「映画」を撮るという初歩的な姿勢が叶った作品に違いない。
喜劇でもなんでもよいのだけれど、そもそも「映画」を見る人は「映画」が見たいのだ。内容はどうだっていい、それが「映画」でさえあれば。そういうことなのだという確信がそれにあたる。
たとえば古びた館の寝室で下男が来客の女中に、そのボタンを押してごらんというとき。
女中は半信半疑でボタンを押すと、寝室のからくりが解かれ、しずかに隣室の王女のベッドだけがするすると現れ、さらにはベッドが低位置に着いたとき、レースのカーテンが引かれ、天使の像がラッパを吹く、馬鹿みたいなこのからくりをカメラが順々に捉える。最後に女中の悪どい微笑みが現れる。これは素敵なシーンのひとつである。ここに於けるベルイマンの心は「第七の封印」「処女の泉」を含む以降の作品とは異なる「映画」としての心がある事実を見つけることができた。
@オーディトリウム渋谷2014/07/30

2014/09/01

トスカの接吻 / ダニエル・シュミット



【作品データ】
題名:トスカの接吻
原題:Il Bacio di Tosca
公開:1984年スイス
監督:ダニエル・シュミット
撮影:レナート・ベルタ
出演:ジョヴァンニ・プリゲッドゥ/サラ・スクデーリ

【評】
かのジュゼッペ・ヴェルディが印税をもとに建立された“ヴェルディの家”=音楽家たちのための養老ホームの様子を撮影したドキュメンタリーである。
かつてきらめく華を抱えた音楽家たちは引退後、ヴェルディの家でどのような生活をしているのか?施設を運営する人はインタビューで「二年前からヴェルディの著作権が切れ、施設の運営が厳しくなっています。しかし彼等(老人たち)は、かつて芸能人で、芸術家で、スターでありました。そして、ほとんどの者(老人たち)がその栄光を捨てきれないのです。だから、少しでも彼等に“張りのある生活”を与えたいんです」と語った。カメラに向かって答える施設の者の背後をよたよたと老婆が近づいてくる。微かなメロディーを口ずさんで。
やはり、切り離せないのがレナート・ベルタのカメラである。レナート・ベルタもシュミットと同様にスイス人だが、マイナー監督のシュミットに反して超売れっ子撮影監督だ。ストローブ=ユイレ、ジャック・リヴェット、ルイ・マル、ゴダールらなどの作品をばんばん撮っているベテランは、カメラが動かない?いや、ごく僅かに動いている!という官能的な回し方が特徴的である。 たとえば、齢をとって、口のまわりの筋肉がどうしても緩んでしまうため、何を言っているわけでもないのに、むにゃむにゃと口が動いてしまう元音楽家の老人をカメラでどう撮るのか?ということだ。みずみずしさと弾力が失われた肉体、死を暗示させるような虚ろな瞳、かさついた皮膚、これらをどう撮るのか? あるいは今の時代では、皮膚のたるみを映し出すことが、人生の重みが表現されている、などと言われうるかも知れない。しかし本質的には、写実主義ぶった暴力ということが道徳的観念から呼び起こされまいか。彼らにシュミットの繊細さは決してわかるまい。レナート・ベルタの思いやりに気づくこともできぬのだ。
老人たちが談話室に集まり、みんなで「乾杯の歌」をうたうシーンでは、元音楽家の老人(ジョヴァンニ・プリゲドゥ)が指揮し、元ピアニストの老婆が伴奏をはじめ、主要メロディーを弾いて歌がはじまるところになっても誰もうたわない。みんな忘れてしまっている。愛に溢れた映画だ。

2014/08/31

あやつり糸の世界 / ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー



【作品データ】
題名:あやつり糸の世界
原題:Welt am Draht
公開:1973年ドイツ/テレビ作品
監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
原作:「シミュラクロン3」ダニエル・F・ガローエ 撮影:ミヒャエル・バルハウス
出演:クラウス・レーヴィチュ/バーバラ・ヴァレンティン/マーシャ・エルム・ラーベン/アドリアン・ホーフェン/イヴァン・デスニー/ギュンター・ランプレヒト

【評】
まさかこのテレビ作品を見ることができるとは。SFでの定番のテーマをB級SFチックにテレビドラマ化。日本ではあり得ない作品だ。こんなものがテレビで放映されたら、たのしいだろう。ファスビンダー・ファミリーが多数出演。メロドラマ風でありながら、俳優たちの個性を見事に演出した。作品としてはやはりB級になるのか??

2014/08/30

ホワイティ / ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー



【作品データ】
題名:ホワイティ
原題:Whity
公開:1970年ドイツ
監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
撮影:ミヒャエル・バルハウス
出演:ギュンター・カウマン/ハンナ・シグラ/ウリ・ロメル/ハリー・ベア 


【評】
 ファスビンダー唯一の西部劇というが、それはシネマスコープの大画面で制作され、ロケ地をウェスタン撮影地(イタリア製)であるスペインのせいかもしれない。ブルジョワ一家の崩壊という大きな名目は当然、倦怠をはらんでおり、それに根深い陰謀を添えたことで、ファスビンダーらしいといえるだろう。期待通り、酒場のハンナ・シグラは魅力的だった。ファスビンダー映画サントラに入っているギュンター・カウマンの「I Kill Then」素晴らしい歌詞!@オーディトリウム渋谷2014/06/21

2014/08/28

リオ・ダス・モルテス / ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー




【作品データ】
題名:リオ・ダス・モルテス
原題:Rio das Mortes
公開:1970年ドイツ
監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
撮影:ディートリッヒ・ローマン
出演:ハンナ・シグラ/ミヒャエル・ケーニヒ/ギュンター・カウマン

【評】
ファスビンダーが好きならば、ぜったいに見逃せない一作で。
ドイツでは映画産業とテレビ局の提携があり、ニューシネマの監督が出資を受けて非商業映画を制作できた頃の作品である。ドイツから出てペールに行きたい若者の物語であるので、途中ペルーの社会現状を解説するドキュメンタリーが挿入される。ラストのペルーに恋人を見送るハンナ・シグラのクローズ・アップの虚無感は無気力に夢を語るようだ。
日本劇場発公開、DVD上映とはいえ、さすがに会場は立ち見を含めて満席で、ハンナ・シグラのダンス・シーンが見たい熱気でとても暑かったし(これは即興的なカットの挿入で関連性が不透明でかっこいい)、なんせ階段に体育座りしてだったので、たいへん不快な思いをしたが、やはり見れてよかった。@オーディトリウム渋谷2014/06/21

2014/08/19

月と篝火 / チェーザレ・パヴェーゼ


 【作品データ】
題名:月と篝火
文献: 岩波文庫
作者:チェーザレ・パヴェーゼ(1908-1950)訳:河島英昭
分類:イタリア文学
発刊:2014年オリジナルは1949年

パヴェーゼが好きになったのは、ネオレアリズモの美しさを知った「故郷」だったり、「流刑」における大地を踏みしめる素晴らしさだったり、失われた光を見出せる「美しい夏」、それらを凝縮した「祭の夜」で、マイナー作家とも言われる理由もないのになぜか「月と篝火」の文庫化が遅かった。
「パヴェーゼ文学集成」の三巻を何度も買おうか悩んでいた矢先のこと、唐突に文庫化が実現されたことの喜びは拭えない。
また今回の岩波文庫で訳者の河島英昭の解説が充実していることも嬉しい。
誰もが知っているように、「月と篝火」はパヴェーゼ最後の長編小説で、わずか二ヶ月足らずで書き上げている。「自殺直前の代表作」とも言われているが、執筆期間の日記「生きるという仕事」をかいつまんで見ると、進行中の作品と相反するとも思えるような思想が窺える。
この本はとても良い意味で大人向けの本である。
肉体的な実年齢でいえば四十代後半、それ以降の年齢に達した者がより大きな感動を与えられるだろうと思う。これはファシズムやレジスタンスの話でもないし、貧しい者たちの話でもない。
「大地を目覚めさせるのは」と、いきなり立ち上がって確固として言い放つこと。
「それならば、きみも月を信じるのかい?」という問いかけ、
「故郷は必要なのだ、たとえ立ち去る喜びのためだけであっても」
 これらの言葉に一体何が満ちているというのか。私は言葉にできない。
ただ、長い夏の夕べを、いつもと同じように葡萄畑や空を見つめていることを、 私が泣くほどに揺さぶられるのは、 榛の茂みの下で、いちじくの木の下で、ほかでもない私が同じ空を見つめていたからだ。
月と篝火 (岩波文庫)>>>

2014/06/06

シンプルメン / ハル・ハートリー

                                                  シンプルメン [DVD]

【作品データ】
題名:シンプルメン
原題:simplemen
公開:1992年アメリカ
監督:ハル・ハートリー
制作:テッド・ホープ/ハル・ハートリー
脚本:ハル・ハートリー
出演:ロバート・ジョン・バーク/ビル・セイジ/エリナ・レーヴェンソン/マーティン・ドノヴァン

つまらないといえば、断然つまらないような気さえするのに、何が魅力かときかれれば、黙っているしかない
それでも何で、わざわざ見に行くのかと問いつめられれば、それを考えているのだから暇なら見てくればいいだろう?という感じである。
どう考えても、面白いというにはいささか抵抗を抱える
同じアメリカのインディペンデントであるカサヴェテスほどの、メロドラマのなかのクールさでいえば役不足であるし、メロドラマといえばそうなのだが、ダンス・シーンの挿入の唐突さはまるで不器用なほど、というか、まさかこれだけを撮りたかったのかと疑ってしまう
「汚れた血」のジュリエット・ビノシュほどの強烈な魅力を放つエリナ・レーヴェンソンには、誰だって抗えないほど惹き付けられるだろうが、本当にそれだけなのだろうか。