2014/11/20

アンナ・マクダレーナ・バッハの年代記 / ストローブ=ユイレ


【作品データ】
題名:アンナ・マクダレーナ・バッハの年代記
英題:Chronik der Anna Magdalena Bach
公開:1968年ドイツ
監督:ストローブ=ユイレ
撮影:ウーゴ・ピッチョーネ /ザヴェリオ・ディアマンチ /ジョヴァンニ・カンファレッリ
出演:コレギウム・アウレウム合奏団/グスタフ・レオンハルト/クリスティアーネ・ラング/ボブ・ファン・アスペレン/ニコラウス・アーノンクール/アウグスト・ヴェンツィンガー

公開時は「アンナ・マクダレーナ・バッハの日記」であったがイギリス女が書いた偽書との混同を避けるべく「アンナ・マクダレーナ・バッハの年代記」となっている。
まず、『映画」作品として注意したいのは、この作品は誰でも知っているバッハの映画なのに、バッハが偉人と扱われていないことだ。さらに音楽をモチーフとしているのに、同時録音、カメラ1台、楽曲中は1カット、モノラル録音(マタイ受難曲のみマイク3本)という撮影ということ。これは映画館の音響を抗うかのようで、更に公開時の1968年を考慮すると反カラヤン、反グールドとも思わずにいられぬ配慮がある。
作品のほぼ8割は演奏シーンで、ほとんど台詞はなく、はっきりいって多少の知識が備わっていないと置いきぼりをくらって、眠くなってしまうにちがいない。
今回は上映後に講義があったので、撮影方法から時代背景の解説を受け、より作品の理解が深まった。また何より、ストローブ=ユイレのストイックな映画撮影にただただ感動するのみ。

2014/11/14

台所太平記 / 谷崎潤一郎



【作品データ】
題名:台所太平記
著者:谷崎潤一郎
出版:中公文庫
分類:日本文学
発刊:1974年

また、谷崎である。瘋癲老人のような気狂い老人ではなく、ここに出てくる主人(磊吉)は良識ある紳士だ。だから女中たちに字の書き方を教えてやるし、食事の作法もしつけ、裁縫と料理も習わせる。つまり、女中とうよりも花嫁修行の場でだ。そして気にいった女中には散歩に突き合わせ、割烹で酒をつがせる。結局、瘋癲老人のそれと変わらぬではないか、と思いきや磊吉はあくまで紳士である。そして、磊吉の妻も品がよろしく、女中たちの躾も手際くこなす。
谷崎を美文とか言って、わかったようなふりをしている馬鹿が多いが、谷崎は「面白い」から読む、しかないのだ。

2014/11/12

石の上の花 / セルゲイ・パラジャーノフ

【作品データ】
 題名:石の上の花
英題:Flower in the Stone
公開:1962年アルメニア
監督:セルゲイ・パラジャーノフ
撮影:S.レヴェンコ/L.シチファーノフ
出演:I.キリリューク/G.ガルボフ 

「ざくろの色」「スラム砦の伝説」など微塵にも感じさせない、パラジャーノフの初期作品は社会主義を隠そうともしない、リアリズムの映画。ウクライナ東部の炭鉱が舞台であることも、パラジャーノフらしからぬ。セクト団体に属する若者と、素朴な信仰を持ち得た若者。60年代、というよりも40年代後半をかすめる。なにかと思えば、フェリーニの「青春群像」ではないかな。それよりももっと土着的だが。共産党とチャイコフスキーのピアノ協奏曲ってすごく合う。

2014/11/08

砂時計のように / 富岡多恵子



【作品データ】
題名:砂時計のように
著者:富岡多恵子
出版:中央公論社
分類:日本文学
発刊:1981年

久しぶりに富岡多恵子を読もうと思ったのは、高橋たか子の小説が家になかったから、という変なきっかけ。富岡多恵子はずいぶん読んで、どれも面白かった。高橋たか子と作品も人物像も似ているところはないが、なんとなく漠然とした雰囲気は笙野頼子がそのあたりを引き継いでいるように思える。
初期の作品は本当に面白い。だんだん詰まらなくなってくる。女の人っぽさが出てきているように感じるのだ。だから、「砂時計のように」は持っていたけれど、読んでいなかった。湯村輝彦のイラストとともに150回にわたり、夕刊に連載されていた連載小説だったらしい。そのため、なんとなくストーリーが大衆受けする、というよりもなんとなく暇を持て余した主婦に受けそうな、と読み出すと、途中からまったくの勘違いということに至る。暇を持て余した主婦が嫌悪を覚えるような、誰に向かって書いているの?と思えば、それこそ湯村輝彦のいかにも80年代風のイラストの人物たちの不気味な笑みが浮かんでくる。面白いというより、最後まで不快感がまとわり、女の行き場のない性的欲求の解消方法は決して笑い事ではなく、目下優先事項として、タブーを越えて考えてもらいたいものだ。
砂時計のように (1981年)

2014/11/03

瘋癲老人日記/谷崎潤一郎


【作品データ】
題名:瘋癲老人日記
著者:谷崎潤一郎
出版:中公文庫
分類:日本文学
発刊:1962年

なんで谷崎を読み始めたかというと、これは自発的なものではない気ガスル。(と、瘋癲老人のように書いてみたいが)まず、颯子というひどい女、嘘つきで意地が悪く現金で愛情の薄い女は、たびたびまったく別の作品(もちろん著者も異なる)で「洗練された女」として描かれている。これははっきりいって、子供にはわかるまい。谷崎を高校生で読んだって何がわかるというのだ。颯子がどうして良い女なのか解らぬ、こと仕方有るまいが、実のところ美意識というものは決して善きものだとは言えないことを実感する。というかこの事実に安堵するのだ。かなりモダンな趣味を持っていて、シモーヌ・シニョレを有楽座へ見に行ったりするのだ。これにはさすがにびっくりする。ここで「洗練された女」とはいかなることか再考し、他でもない親切心や同情などよりはるかに自らの美意識を持った女のことであるなあと、私が瘋癲老人の代弁をする始末だ。
瘋癲老人日記 (中公文庫)

2014/11/02

ざくろの色 / セルゲイ・パラジャーノフ



【作品データ】
題名:ざくろの色
英題:The Colour of Pomegranates
公開:1969年アルメニア
監督:セルゲイ・パラジャーノフ
撮影:スゥレン・シャフパジャン
美術:ステパン・アンドラニキャン
音楽:チグマン・マンスゥリャン
出演:ソフィコ・チアウレリ

パラジャーノフでいちばん名高い作品「ざくろの色」が、サヤト・ノヴァの無言の伝記としての作品だということは見てない者ですら、知っている事実。だが、見た者からすると、そんなことは兎に角どうだっていいのだ。アルメニアの詩人サヤト・ノヴァなんて、知るわけないのになぜその伝記だというって見る気になるというのか。
ソフィコ・チアウレリという人はとんでもない美人である。往来の映画女優なんて足元にも及ぶまい。アヌーク・エーメもカトリーヌ・ドヌーヴも、クラウディア・カルディナーレもだめだめ。ほとんど、絵画の世界の美人である。ソフィコ・チアウレリは、青年詩人(サヤト・ノヴァの青年期)を演じ、その恋人もソフィコ・チアウレリが演じる。その愛のやりとりが画面の中で決して交わることをせず、揺れるレースや、琴の演奏、鏡越しで演出する。これが更にソフィコ・チアウレリの美貌を膨張させる。とにかくとびっきり美しいもの、としか言えない。書物への慈しみさえ美しさを伴うなんて!

2014/10/31

BERNARD BUFFET ET ANNABEL ビュッフェとアナベル


【作品データ】
題名:BERNARD BUFFET ET ANNABEL ビュッフェとアナベル
出版:FOIL
監修:ベルナール・ビュッフェ美術館
分類:日本文学
発刊:2007年

ひととき流行ったベルナール・ビュッフェ。アナベルという世にも美しい奥様を捉えた作品集というだけでは、記そうにも足らず。写真もふんだんに散りばめられていて、尚、ドキュメントに加えた双方の言葉によって、物語として導くことを抗えない。アナベルの絵のすぐ横に本物のアナベルが真っすぐ前を向いて座っている写真。ビュッフェというよりもアナベルにどうしたって魅了されてしまう。
ビュフェとアナベル

2014/10/30

聖者たちの食卓 / バレリー・ベルトー、フィリップ・ウィチュス


【作品データ】
題名:聖者たちの食卓
原題:Himself He Cooks
公開:2011年ベルギー(撮影インド)
監督:バレリー・ベルトー/フィリップ・ウィチュス
音楽:ファブリス・コレ


予告編を見て珍しく見たいと思っていた映画。インドのシク教総本山(黄金寺院)ハリマンディル・サーヒブ。
あり得ないほど大きな鍋でつくるカレー。面白いのは片付けのようすである。皿をフリスビーのように次々投げて、その先にはスポンジを持った大勢の女たちが待ち構えている。 微かに会話などあるが、音はガチャガチャいう皿の音が殆どで、洗う手元にカメラを捉え動かずにいると、捉えられたことに気づいた女がふとカメラに視線を向ける。

2014/10/29

大地のうた / サタジット・レイ


【作品データ】
題名:大地のうた
原題:PATHER PANCHALI
公開:1955年インド
監督:サタジット・レイ
脚本:シュビル・バナージ/カヌ・バナージ
撮影:スプラタ・ミットラ
音楽:ラヴィ・シャンカール
出演:サビル・バナルジー/カヌ・バナルジー/コルナ・バナルジー

インド映画といえばルノワールの「河」を思い出す。「河」は何度も見ているが、やっぱり本当にきれいだし、動きが優艶で魅了される、カラーがすばらしくきれい。それはルノワールの才能である、と思っている。「黄金の馬車」も「草の上の朝食」も同じような印象を持つからだ。インドの監督といってもまったく知らないし、サタジット・レイはあまりに大衆受けがよいので、どんなものかと見てみる。
金色のすすきの中を駆け、汽車を見に行く子供たちがよかったな。金色という色はスクリーンからは見えないはずなのに、すすきは金色に輝き、汽車の黒光りした車体がなまなましく思えた。

2014/10/25

挽歌集 / 磯崎新


【作品データ】
題名:挽歌集
著者:磯崎新
出版:白水社
分類:美術・芸術・評論
発刊:2014年

なんといっても磯崎新はずば抜けている、と私は思う。巨匠もいいところで、では作品は?というと他の建築家に比べてなかなか思い浮かべられない。磯崎アトリエ出身の坂茂るや青木淳のほうが簡単に列挙できる、それは知識の乏しさによるものもあろうか。しかし作品を引いてみても、なにかぴんとこない。ではなんだというのだ。おそらく、何かに言及している言葉について、スゴいと思ったのだ。それは都市構想や、建築コンペの批評でもない。この「挽歌集」というのは私が建築家というよりも文化人としての磯崎新を垣間みることができ、それはアイロニーやユーモアを携えてくれた。
二川幸夫が2013年に亡くなっていたことを私は「挽歌集」により知った。二川幸夫もまた読みたくなった。
挽歌集: 建築があった時代へ

2014/09/24

リトアニア映画ユリュス・ジスの短編




■MEANWHILE A BUTTERFLY FLIES
(蝶が飛んでいる間に)2002年/52分/フランス

■THE WINDOW
(窓)1989年/18分/グルジア・リトアニア

■AND THE PIG WAS BORN
(そして豚が生まれた)2000年/23分/アメリカ

■THE WOLF
 (狼)2008年/20分/リトアニア


Julius Ziz(ユリュス・ジス) 1970年リトアニア生まれ。かのジョナス・メカスに師事。
未知の監督作品を見るには勇気が必要、なわけだがユリュス・ジスという監督に対してはそのような勇気など必要もなかった。それはまず「ジョナス・メカスに師事」とあったし、それからリトアニアという国のせいもある。リトアニア?場所だってはっきりわからないし、リトアニアってジョナス・メカス以外に映画撮ってる人いたのか。しかし、とても評判がよさそうだし、なんといっても「ジョナス・メカスに師事」だ。やはり作品はよかった。
MEANWHILE A BUTTERFLY FLIESはジョナス・メカスをカメラで追ったドキュメンタリーで、これはよくある映画監督の奇行を捉えたもの。といってもジョナス・メカスはやっぱり面白いし、かっこいいのだ。何がかっこいいかって、ずっと笑っていることだ。
他、短編はどれもストローブ=ユイレくらいによくって素敵なのだが、なかでもTHE WINDOW、これは衝撃である。窓のなかにいる老婆、そこにやってくる子供。また老婆の独りの食事。窓の外の風景と人。これほど単純な要素でストーリーなどない、ただただ映し出すことの素晴らしさが溢れていて感動してしまった。@2014/09/21渋谷アップリンク

※リトアニアのリキュールがサービスで飲めた。ソーダ割にしたら薄かったので、もう一杯飲みたかったけど、恥ずかしくて言えなかった。残念。

リアリティのダンス / アレハンドロ・ホドロフスキー



【作品データ】
題名:リアリティのダンス
原題:La danza de la realidad
公開:2013年チリ、フランス
監督:アレハンドロ・ホドロフスキー
脚本:アレハンドロ・ホドロフスキー
制作:モイゼス・コシオ/ミシェル・セドゥー/アレハンドロ・ホドロフスキー
出演:ブロンティス・ホドロフスキー/パメラ・フローレス/イェレミアス・ハースコビッツ/アレハンドロ・ホドロフスキー

久々に新しい映画を見てしまった。見てしまった、というからには何か曰くが連想されるだろう。90年代以降の映画を殆どといっていいほど見なくなった事実を、ここで目の当たりにしたようだ。アレハンドロ・ホドロフスキーといえば、ポップカルチャー的ヴィヴィットな色彩がいかにも南米を思い起こさせ、それに魅惑された人々が多く、それもいまも尚ひっそりと受け継がれている(と、思う)。そういった意味で映画を見ることも、もちろんおおいにある(ジャン・ルノワールやゴダールの色彩!)。南米ではないが、ペドロ・アルモドバルの初期作品なんかもスペインらしい赤際立つ色彩であることも事実。
「リアリティのダンス」は色彩だけの魅力ではなく、85歳のホドロフスキー監督がそれまでの生き様のなかでの悲愴や不条理などを、それこそ「リアリティ」に描くことにある。負にあたる要素はあくまでもリアルに描きつつ、ダンスと称した幻惑に交差させている、まさにホドロフスキーの映画。だけども。私はそれほど魅了されなかった。リアリティというのは映画的体験非ず、というのが率直な感想。@2014/09/21アップリンク
リアリティのダンス